あろは!

オアフのロックダウンは明日で若干緩和されることになっています。

  • 5人まで集まることが可能
  • ビーチやハイキング トレイルをオープン
  • レストランは1テーブル5名まで。さらに氏名連絡先を店に伝えること
  • 小売店は再開。キャパシティの50%まで入店可能

まだ厳しいですね。
ハワイ州の今日の新規感染者数は63人。うち55人はオアフ。8人がハワイ島。

ハワイ島は2月28日の初感染からこれまで合計659名の陽性患者数が確認されています。オアフ島が10,338人。マウイが385人、カウアイが57人です。

ハワイ島はずっと少なかったのですが、ヒロとミロリイで大規模なクラスター感染があり、一気に増えてしまいました。ハワイ島の死者数は27名で、このうち25人はヒロの老人ホームでのクラスター感染によるものです。

この数字が多いとみるか少ないとみるか、ほうぼうで議論が巻き起こっていますが、今日は面白い数字を見つけました。

今、アリイドライブの5エーカーの土地の売り出し準備をしています。
この土地にもハワイアンの遺跡がたんまりとあります。
ハワイでは、土地は遺跡調査を実施し、ハワイ州の史跡保存局の認可を受けないと一切の開発ができません。

特にアリイドライブはハワイアンがたくさん居住していた地域。そしてハワイアンは墓地をつくらず、いろいろなところに埋葬したので、いわゆる埋葬地がたくさん出てきます。

更地を売り出す場合には、遺跡調査報告書の読み込みから始まるわけですが、これがまた分厚いのです。
しかし、その土地の歴史的経緯が事細かに書かれており、興味深いとも言えます。
ジェームズ・クックがハワイ諸島を発見したのが、1778年。アメリカの独立宣言が1776年。

1832年のコナの人口は12,432人だったそうです。かなりの人数です。
しかし、ご存じの通り、その後西洋人が持ち込んだ、梅毒、インフルエンザなどの病気によってハワイアンの人口は2割に減ってしまったとのこと。
コナの人口は1835年には5,957人に激減。半分以上が亡くなったわけです。
そして1853年はなんと2,210人。
底は1890年の1,750人ということです。

全部が病ではないのでしょうが、すさまじい減少率です。
コロナウィルスなど目ではないですね。

実際のハワイの埋葬地はこんな感じ。正直、外から素人がみても全くわかりません。

断面図はこんな感じ。溶岩トンネルなどに埋葬して小石や岩でふさぐというのが一般的です。

雨が少ないこの気候では、骨は残ります。墓地を作る習慣がなかったハワイアンの遺骨は、いまだにこうして発見されるわけです。
そして埋葬地が発見された暁には、保護プランを策定し、その部分の土地は利用不可能となります。

土地所有者にしてみれば、遺跡問題が一番頭が痛いのですが、ハワイの伝統を尊重しつつ、開発していくことが重要です。